10月、東京証券取引所にCO2など温暖化ガスの排出権を取引する「カーボン・クレジット市場」が開設されました。自主的に参加する企業などがCO2の排出量を削減した数量を株式や債券のように金銭化して売買、2026年の本格運用に向けて準備運動するのが目的です。開設イベントには西村経産相が参加。政府の後押しを受けています。ただ、世界の排出権取引は1990年代から試行錯誤を重ねながら課題を洗い出し、脱炭素に向けて実効性のある市場へ変貌しています。3年先に本格運用を前提した日本の排出権取引市場のスタートは、残念ながら世界の潮流から取り残された寂しい現実を教えてくれています。
売買は「J-クレジット」
排出権の売買は国が削減分を認定して発行する「J-クレジット」が対象になります。全国188の企業や団体などが参加して午前と午後の1回ずつ取り引きしています。「Jークレジット」の定義は、国が企業などの排出量のモニタリング結果に基に排出削減・吸収量を算定し、クレジットとして認証します。国が設定した目安を上回って削減できれば、市場で削減分をクレジットとして売却できる仕組みです。買い手は目標として設定した排出量削減に届かなかった企業。排出量削減達成に不足した分を「Jークレジット」として購入して、埋め合わすれば排出量削減は達成したと見なす計算です。
日本はまだ自主参加、懲罰無し
日本の排出量取引は、企業などの自主的参加が原則。取引が活発になれば、日本全体で脱炭素への取り組みが加速することが期待されますが、削減目標に達成しなくても罰則がないため、脱炭素に向けた努力を本当に後押しするのかどうはか。実際、これまでもの実証実験を振り返ると、取り引きの基準が曖昧な事例もあって期待通りの成果が出ていませんでした。経産省は基準を明確にする制度を新設して活性化するそうですが、成否はこれから。
政府は2030年度までに温暖化ガスの排出量を2013年度に比べて46%削減し、2050年には実質ゼロにする目標を世界に公約しています。排出権取引市場はその柱の一つです。ただ、海外と比べると、規制が緩やかな日本の制度が排出量の削減にどこまでつながるか。しかも、排出権取引そのもの実効性に最近は期待が薄れています。
排出権取引で削減できるのか疑問の声も
排出権取引は売買を通じて過剰分と削減分を差し引きする仕組みですから、見かけ上は実質的にCO2など温暖化ガスの排出量は減少する計算になります。繰り返しになりますが、企業などが計画通りに削減できない場合は、市場を通じて削減分に相当するJ-クレジットを購入すれば相殺できるわけですから、排出量削減に真剣に努力するかどうか。市場の活性化をてこに日本全体で脱炭素の試みを広げる効果はありますが、政府が掲げる実質ゼロを支える政策として期待できるどうか。
CO2など温暖化ガスの排出量取引は1990年代から試行が始まり、紆余曲折はありましたが、欧州などで2000年代から導入が始まっています。EU(欧州連合)は2005年から制度を立ち上げ、大量に排出する企業に対しては参加が義務付けられています。排出削減分を売却した企業も、売買で得た利益の一部を脱炭素に投資しなければいけません。
それでも、「排出権取引の効果は本当にあるのか」と世界で疑問視する声が高まっています。所詮、欧米の金融機関にとって新たなビジネスチャンスを切り開いているだけでないか。最近、世界最大の資産運用会社ブラックロックの首脳が環境を連呼しながらも、ESGなどを隠れ蓑にしている「意識高い系資本主義」と批判されている所以です。
アフリカは世界的な炭素税を提唱
途上国も枠組みの見直しを求め始めました。2023年9月、アフリカ各国が地球温暖化に対する取り組みを初めて討議する気候サミットがケニアの首都ナイロビで開かれ、世界的な炭素税の導入などを呼びかける「ナイロビ宣言」を採択しました。年末に開催する国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)でアフリカ共通のテーマとして提案するそうです。経済が発展途上のアフリカにとって、欧米アジアに売却する潜在的な排出権が豊富にあり、巨額の売却益で自国経済の振興に投資する考えです。
世界を駆け巡るマネーゲームへ
従来、欧米が主役だった排出権取引がアジア、アフリカを巻き込んで地球を駆け巡るマネーゲームに発展するかもしれません。本来の世界的な排出削減の実現はどこか遠くへ行ってしまいそうです。もっとも、現時点で明らかなのは、日本の排出権取引は周回遅れどころからスタートラインに着く前に準備体操している段階であることです。本格運用する2026年の頃、日本の排出権取引はどんな惨状になっているのか。ちょっと想像したくないです。
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