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「セミしぐれ」を残す自信がありますか?都市の農地、樹木は消え続ける

 宮城県の秋保温泉に近いキャンプ場で家族とテントを張って宿泊した時です。前夜はまだ小さい息子と一緒にBBQを楽しみ、真っ赤に焼けた炭の残り火で温めたお湯を焼酎に継ぎ足し、そして継ぎ足して気持ち良く酔って寝ました。翌朝、突然の大音量に目を覚めました。森中のセミが一斉に鳴き始めたのです。朝5時ごろ、夜明けからちょっと明るさが増した時間帯でした。耳元にスピーカーを置かれ、スイッチを入れた途端に吹き出した感じです。セミの声が滝の流れのようにキャンプ場を覆います。周囲のテントからビリビリとジッパーを開く音が聞こえ、「何が起こったのか」と顔を出して見渡す人がほとんど。

キャンプ場で大音量のセミの鳴き声

 蝉時雨という言葉があります。秋保で経験したセミの鳴き声は時雨どころか豪雨による大洪水でした。でも、自然が秘める凄まじい力を実感しました。

 現在は東京郊外に住んでいます。今はほぼ毎日、多くの樹木と鳥が集まる近所の公園を歩き回っています。35度を超える猛暑日でも公園に一歩入ると、体に感じる気温が1度下がるのを覚えます。空を覆う樹木の下に入ると、アブラゼミや蜩(ひぐらし)などがこの瞬間を逃すなとばかりに鳴いています。

 「貴重な瞬間」。なぜって、公園を離れるとセミの泣き声は聞こえない年が続いているからです。現在の場所には20年以上前に引っ越してきました。家の前は生産緑地。数分も歩けば畑があちこちにありました。当時、通勤電車に乗ってつり革を握って立っていたら、前の席の女性たちがクスクス笑っているのです。「ひょっとしてズボンのチャックが・・」と焦ったら、「カマキリがスーツにしがみ付いていますよ」と教えてくれました。家の前の生産緑地にはバッタなど多くの虫が集まり、獲物を狙ってカマキリが集まり、繁殖していました。バッタに代わる新しい獲物を探しに人間と一緒に遠出してみたかったのでしょうか。

 セミも家の壁や電柱に張り付き、鳴きまくります。至近距離で鳴きますから、うるさい。時々、命が尽きてバタッと落ちてきます。バラバラにしたセミを背負って運ぶアリが列になってアスファルトの道路を歩いています。孵化した抜け殻もあちこちの樹木で見かけます。当たり前と思っていた風景。実は勘違いでした。毎年、セミの姿もカマキリの姿も消えていきます。

目の前は生産緑地、セミやカマキリ、バッタがあちこちに

樹木の代わりに大型クレーン

 家の前の生産緑地は10年以上も前に住宅地に様変わりしました。農業後継者がいないので、税金対策などで売却されたようです。生産緑地は1992年、都市の農地を守るために税の軽減措置として発足しました。指定解除は30年後。期限を迎える2022年から生産緑地が激減するのではないかと危惧されましたが、特例措置が加わり減少スピードに大きな変化はないそうです。

 ただ、周囲の生産緑地は着実に宅地に転換しています。近所の農家さんと話していても、「次の代は考えていない」と覚悟している様子です。農業以外に会員制農園、野菜や果実の収穫体験など新しい試みを増やして農業への関心を高め、収入源の多角化に挑んでいますが、農業を「事業」と捉えたら先は見えないといいます。

生産緑地は消え、住宅地やグループホームなどに

 農地が住宅地に変わるとどうなるのか。畑が減るだけではありません。周囲の樹木も伐採されます。相当な樹齢と思える大木があっさりと切られます。近所の小さな公園の歩道の脇にあるから邪魔という理由だけで撤去された時はさすがに驚きました。跡地はマンション、グループホーム、住宅地などさまざま。伐採した樹木の代わりを植え替えて、緑の維持に努力しているようですが、100年近くの樹齢に代わる威厳や親しみを再現できるわけがありません。 

 樹木が消えれば、セミがしがみつく場所も減ってしまいます。土地の表面は固形物で覆われ、セミは地中から出てこれません。それより前に建設工事の間に土地はショベルカーで掘られ、セミの幼虫もカエルもどこかへ行ってしまっています。先日、住宅の壁で羽化したばかりのセミを見つけました。まだ透明な緑色に包まれ、とても美しい。樹皮で羽化していればもっときれいに撮影できたのにと思ったのですが、地中から這い上がっていたら樹木が減っているのです。セミも仕方がないと諦めたのでしょう。

10年後に蝉時雨は聞こえない?

 もう10年後、どんな風景になるのだろう。近所を歩きながら、ふと思います。日本全体の人口が減り、地方の過疎化が進み、山から人の姿が消え、廃屋が再び緑に覆われていくでしょう。一方、東京の街は23区外の郊外でも都市化が進み、駅前の再開発が止まりません。気づいたら、セミの鳴き声は聞こえません。そうです、東京都民はセミと同じようにコンクリートに覆われた空間で生活しているのですから。

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