日揮は総合エンジニアリング会社として多くの技術や人材を集め、一つのコンビナートを構築します。綿密に設計し、長い歳月を重ねて施工する長期プロジェクトがほとんど。個性的な演奏者を集めて交響曲を演奏する指揮者のようなものです。
だからでしょうか。日揮といえば、最初に思い浮かぶ人物がいます。重久吉弘さんです。日揮の顔と呼んでも良いでしょう。1996年から社長を務め、2002年に代表権がついたまま会長兼CEO、2009年には相談役に退いた形ですが、グループ代表という肩書きを新たに設けて経営の実権を握り続けます。
当時の企業ホームページにはグループ代表で相談役の重久さんの顔写真がトップに掲載されていました。続いて会長、社長と並びます。経営学の教科書には書いていない企業の序列ですが、「誰が実力者か」は日揮の社内事情に疎い外部の人間でもひと目でわかりました。日揮を牽引する経営者が3人ですから、日揮はトロイカ体制と呼ぶのでしょうか。
重久さんは実際にお会いすると、とても柔和な印象を受けます。世界の石油・天然ガスで名を馳せた方とは思えません。しかし、資源開発、地球環境問題など日揮が直面している課題について明晰な見通しと信念を語る言葉の力強さはさすが。次代を読み、今何を実行し、備えるのか。ひと言ひと言の重みが違います。
その後、地球の水をテーマに企画したセミナーで主力の基調講演をお願いしました。再び、さすがです。日揮の重久さんがセミナーに出席していただけると知ると、いつもならとても難しい企業の社長のみなさんが忙しい中、同じ舞台に立ってお話していただくことを了解してくださいます。心から感謝するとともに、重久さんの実力を思い知らされたものでした。
冷静に考えたら、当たり前です。欧米のエンジニアリング会社と激しい競合のなかで大型プラントを受注し、日揮を押し上げてきた経営者です。細かい目配りはもちろん、決断力と実行力は世界レベルなのでしょう。大半の資源を輸入に頼る日本は中東など政治・経済で多くのプロジェクトが動いていますが、重久さんの名前をよくお見かけします。中東の人材教育にも力を入れています。地域に貢献したい。熱い思いが伝わります。日揮の強さを体現した経営者であるのは間違いありません。
危惧したのはどんなに頭抜けた経営者でも、長期政権は会社の未来を曇らせる場合があります。数多くの企業経営者にお会いする貴重な経験を積みましたが、残念なことに同じ経営者が長く実権を握り続けると、どうしても目が曇り始めます。重久さんは2016年に日揮名誉顧問に退き、日揮の経営は次の世代に移行し始めているようです。
それでもホームページをみると、「トップメッセージ」の項目では会長と社長が並んだ写真とコメントが掲載されていました。ついこの間まではトロイカ体制でしたから、今度はなんと呼ぶのでしょうか。会長、社長とも代表権を持っているので不思議ではないのですが、世界企業として強いリーダーシップを発揮するために相応しいのか疑問です。エンジニアリング会社なので経営者も優れた人材を寄せ木細工のように活かすのかもしれませんが、激動期に突入しているエネルギー産業の中でスピード感を持って変革を指揮できるのか。注目したいところです。
日揮を見ていると、唯一の弱点は「経営者自らの強さを冷静に分析し、変革し続けられるのか」に尽きそうです。エンジニアリングの世界で難攻不落の牙城を築き上げたとはいえ、一瞬の奢りは砂上の楼閣へ凋落します。唯我独尊のトップはどの企業でも最大の経営問題です。裏返せば、日揮には弱みを付け入る隙がない大企業かもしれません。それだけ盤石。しかし、その強さが変革を阻むのです。Eco*Tenの評点でいえば、唯一のマイナスです。
③実現できる力;目の前には難問が待ち構えています。対応する計画をどの程度実行できるのか。それとも絵に描いた餅か。1・7点
世界的なエンジニアリング会社として技術も人材も豊富に持っています。一度決めた目標はかならず完成させる企業体力を備えているのは間違いありません。
④変革できる力;過去の成功体験に安住せず、幅広い利害関係者を巻き込んで新しい領域へ踏み出す決断力を評価します。1・0点
実現する力があるなら当然、変革できる力もあります。しかし、エンジニアリングの世界を主導する立場であるだけに、他のライバルを置いてきぼりにしてまで変革スピードを上げることはできません。挑むべきターゲットは見極めていても、その手前で変革を止める必要があると思えます。受注したプロジェクトが巨大であればあるほど、当該国の政治・経済、取引企業との関係など考慮すべきことが多く、あと一歩を踏み込めない。結果、中途半端な変革で足踏みする恐れがあります。
⑤ファーストペンギンの勇気と決断力;自らの事業領域にとどまらず、誰も挑戦していない分野に斬新な発想で立ち向かうファーストペンギンの覚悟を持っているか。1・5点
変革する力の評価の流れからいえば、斬新な挑戦はさほど期待できません。地球環境、ESGなどの視点を十分に理解しながらも、時代の先取りに躊躇する。100点満点は狙わず、あえて70点ほどの合格点に抑える。日揮から得る印象です。
見逃したくないのは、ネットなどを通じて情報発信に努めていることです。エンジニアリングは「B to B」の典型です。プロ同士が理解し合えば、ビジネスが成立する世界です。にもかかわらず、「B to C」、ビジネスと無縁の多くの人に向けて日揮を理解してもらう努力を始めています。欧米では企業活動でESG、SDGsが問われ続けるのが常識になっています。日揮のビジネス、役割をわかりやすく説明する姿勢はとても素晴らしい。
その一例が2022年春に新設したサイト「サステナビリティハブ」。内容は「バイオマス燃料とは」「LNGはなぜクリーンなのか」まど脱炭素、再生可能エネルギーに関わる話題を取り上げています。解説する文章はとてもわかりやすく、そのまま環境の教科書として使えそうな気がするほどです。書き手は社内の技術者らが参加しているそうですが、取り上げる視点も含めて地球問題のイロハから勉強し、エンジニアリング会社である日揮の存在感を理解してもらえる工夫がされています。
日揮としてはマーケティングの一環としてとらえてスタートしたそうです。「様々な場や仲間と事業を加速していくことで社会貢献したい」と話しています。
サステナビリティハブのサイトアドレスはこちらから
日揮の経営が多くの目から注目されていることを意識している一例だと考えます。この視点を忘れずに日揮が企業変革を継続することを期待しています。