ニュージーランドは温室効果ガスの発生源である家畜のげっぷや尿に対する世界初の課税計画を取りやめることを決めました。「げっぷ税」とも呼ばれましたが、2022年に当時のアーダーン労働党政権が温暖化ガス排出削減策の一環として25年からの実施を決めたものの、飼育する農家は経営に打撃が及ぶと強く反発していました。2023年11月の選挙にも争点となり、勝利した保守連立のラクソン政権は畜産業保護の観点から方針転換しました。
政権交代で方針転換
ニュージーランドは、食肉や乳製品の輸出が基幹産業です。人口は約530万人ですが、牛が人口の2倍近い約1000万頭、羊は5倍の約2600万頭も飼育されています。自動車や鉄鋼業、化学などの産業が少ないので、二酸化炭素やメタンなど温暖化ガスの総排出量のうち、牛などがゲップで排出するメタンなどが全体の4割も占めます。
脱炭素に向けて国の主力産業に課税して、産業構造を変える。日本でも基幹産業の自動車でエンジン車からEV(電気自動車)への移行を促すため、EVを購入した際に補助金を支払う制度を創設しています。ただ、トヨタ自動車の豊田章男会長のように急速なEVへの移行はエンジン車を頂点とした系列、下請けで構成する産業ピラミッドを崩壊させると警鐘を鳴らす経営者も多いのです。結局、EVシフトにブレーキをかけてしまいます。
畜産家らが反対
2年前の2022年にアーダーン政権が「50年に実質排出ゼロ」とする目標に向けて、げっぷ税を表明した後のリアクションも同じでした。農家や畜産団体は「畜産業が衰退すれば、樹々や農地が減って温室ガス吸収量が低下し、逆効果になる」と反論しました。
2023年の総選挙で、国民党はげっぷ税課税の見直しを公約し、労働党から政権を奪取しました。ラクソン首相は「農場閉鎖を招かずに排出を削減する」と説明。課税撤廃の代わりに、げっぷによって発生するメタンの濃度が低い家畜の品種改良に努めるなど4億NZドルを投資する方針を示しました。
環境対策は常に議論百出
げっぷ税を巡る課税・撤廃の動きは、環境対策が進化するうえで驚く出来事ではありません。地球の温暖化のみならず環境保護の実効性を議論する際、かならず多くの議論が噴出します。「脱炭素を進めるためには、もっと踏み込んだ政策が必要」「そんな極端な政策を推進したら、国の経済は沈滞する」など議論は百出します。
残念ながら、環境対策は従来の経済合理性と反することがあります。しかし、それは従来の発想に囚われているからで、新しい視点から考え直せば、異なる解が見つかるものです。ニュージーランドのげっぷ税もその一例です。
いろいろな試みが目の前のハードルを超えられず、試行錯誤の末にようやくハードルを突破する正解を見い出す。環境対策はいつも、この繰り返しです。環境対策を避けたツケは大きいと覚悟すべきです。例えば、もし日本がEVの推進にブレーキをかけたら、世界のEV市場の主導権を欧米や中国に奪われ、基幹産業の自動車そのものが衰退するのは確実です。
世界に先駆けて規制緩和に挑んだ国
ニュージーランドは規制緩和や中央銀行の金利政策などで世界に先駆けてきた国です。チャレンジしなければ、生き残れないという国としての覚悟が伺えます。日本では経済小国だから実験ができると笑う向きもありますが、規制緩和などニュージーランドの挑戦が世界各国に広まったのも事実です。げっぷ税が再び復活するかどうかは分かりません。ただ、これを機に広がる畜産業の脱炭素政策で先頭を切るのは、やはりニュージーランドということになりのかもしれません。日本の農水省は笑っている場合ではありませんよ。