日東電工。日本の製造業の強さを体現する優秀な企業のひとつです。表面を守る保護フィルム、太陽電池など住宅設備、半導体など電子部品、粘着テープなど包装材・・・。高機能素材を扱っているだけに、同社の製品は姿を変えて日常生活で毎日手にする多くの製品に採用されており、誰もが目にしたり触ったりしているはずです。
高機能素材の高収益企業
他の企業と比較するのは難しいのですが、電子機器を構成する部品メーカーとして高い評価を集める村田製作所と似ている印象です。それとも、顧客の要望に素早く答える技術を前面に出すキーエンス に発想が近いかも。日東電工や村田、キーエンス のような会社が頑張っている限り、日本の製造業にまだ希望があります。
その日東電工が5月末、「驚きと感動を与え続け、なくてはならないESGトップ企業へ」と題した経営計画を発表しました。2025年に向けた経営の骨格を公表して、2030年には実現したいそうです。とても興味があるので、覗いてみました。まだまだ道半ばの経営計画でしたが、日東電工がどう変わろうとしているのか。将来を見極めるヒントにはなります。
日東電工の経営計画はこちらから https://www.nitto.com/jp/ja/about_us/concepts/nitto_for_everyone_2025/
日東電工は、売上高が9000億円を超え、営業利益は1500億円に迫ります。営業利益率は15・8%。文句なしの優良企業です。1918年に電気の絶縁材の製造で創業して以来、材料と技術の組み合わせで製品群の裾野を広げ1万をゆうに超えているそうです。
「高機能な素材メーカーとして多くのメニューを揃え、需要の変化に合わせて取捨選択して収益力を高める」。経営戦略の軸にブレはありません。液晶パネルに欠かせない部材、偏光板で世界シェアの4割を握るほか、半導体など電子部品で使われる素材で高いシェアを獲得。素材メーカーなので主役に躍り出る場面は少ないのですが、強い分野をより強く、そして新しい需要を開拓して高収益を獲得する経営モデルです。
「片足を出し、片目をつぶる」
2013年、当時の柳楽幸雄社長が東洋経済誌のインタビューで日東電工の個性をわかりやすく説明しています。私もお会いしたことがあり、とても柔軟な発想の持つ社長です。参考になるので引用しました。
経営の「多軸化」を進めている。将来の収益柱の種を探すため、事業部門では将来性が薄いと判断されても、経営陣の判断で投資できる「多軸ファンド」も設定した。その狙いは、集中と選択をあえてしないこと。新しいことはどんどんやろうと。ニッチトップ製品など生まれてこない。製品化につながるのは3割で十分だ。大事なのは片足を出すこと。そのとき上司は片目をつぶれと。それが日東電工の文化なんです。(東洋経済10月2日から、一部要約しました)
柳楽社長によると、ここで使う「ニッチ」とは、狭い隙間という意味ではないそうです。成長市場で自社の技術が他社製品に比べてどのくらい優れているかを考え、狭い隙間を押し広げるように市場を創造する発想を示しています。
この考えを一言で表しているのが「三新活動」。現行の事業から新しい用途を開発し、新技術を加えて市場を創造する。あるいは、新技術から新製品を考案して用途を創造する。用途、技術、市場それぞれで「新」を加え、そこでトップシェアを握ることをビジネスモデルにしています。だからこそ、高収益を達成できるというわけです。
シン・日東電工はまだ片足を出した段階
それでは今回の主要テーマであるESGトップへの「三新活動」をどうなのでしょうか。見事、「シン・日東電工」に直結するのでしょうか。
その道筋は「デジタルインターフェース」「パワー&モビリティ」「ヒューマンライフ」の3分野を丸い円で描き、その重なった領域には次世代半導体、プラスチック光ファイーバー、脱炭素、デジタルヘルス、資源リサイクルなどを具体的なターゲットに据えます。世界の産業界は地球温暖化に対応する技術開発、新製品開発へまっしぐらに走っています。日東電工は、自社の得意分野に軸足を置き、これから需要が伸びる事業領域を見定めています。
水浄化などわかりやすいキーワードも
経営の発想は次の4項目を設定しました。「環境・人類に貢献する事業ポートフォリオ変革」「ニッチトップを生み出すイノベーションモデルの進化」「人財・チームの挑戦を加速する組織文化の変革」の3項目を前面に掲げ、「変化を先取る経営インフラへの改革」が推進力とする考えです。要約すれば、目の前に広がる地球温暖化、ESGなどに対応できる組織改革が実践できなければ、技術や事業、組織を改革しても成功しないと考えているようです。
日東電工は「ESGトップ企業をめざす」と高らかに目標を掲げていますが、事業内容がどう進化するのかはこれから。地球温暖化やESGに直結する事業分野としては、すでに汚染水を浄化する薄膜技術が高い評価を集め、中東、アフリカなど新興国の水資源問題に大きく貢献しています。高機能素材を得意とする事業だけに、日東電工の企業特性をわかりやすく説明するためにも薄膜技術による浄化に続くキーワードが必要です。
今回の経営計画は描き始めた段階です。まだ片足を出しただけ。日東電工らしい柔軟で意表を突く新しいESGモデルをどう描くのか楽しみです。最後は片目をつぶってニヤリとしたいですね。